【 razbliuto 】

孤独を愛せ、愛を貫け

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毎年8月31日に聴いている「若者のすべて」を今年は久しぶりに聴かなかった。どう考えても真夏のピークは去っていなかったし、最後の花火の前に最初の花火も打ちあがっていなかったからだ。7月末まで梅雨が続いたり、この湿度の高さだったり、台風が発達しながら上陸してきたり、もしかしてこれは亜熱帯…?と思わなくもない。専門家じゃないのでその辺の定義はよく分かりませんが。

8月が終わった。まだまだ暑いけど、全然夏だけど、私の中で夏は終わりだ。まだまだ全然暑いけれど。1年ちょっと関わってきた案件が無事に終わった。やれることはすべてやったと思っているので、悔いはない。…というと本当は噓になるんだけど、とりあえず自分で及第点をあげられる程度にはよく頑張っただろう。苦しい時期もあったけれど基本的に前向きな気持ちで乗り切れたのがよかった。本当に苦しい時期もあったけれど…先方からも「本当に抜けないでほしい」と言われたので、まあそれなりに私がいた意味はあったんだろうと思う。今週はのんびりしたけど、来週からまた忙しくなりそうなので気持ちを切り替えていきたい。今は多分成長する時期というか何かを試されている時期だと思うので、ここでちゃんと食らいついておきたい。

少し前に昔からの友人と遊んだ時に「睦月は確かに強いけど、天然物の強さじゃないよね」と言ってもらえたことに随分救われた。人からよく「強いね」と言われるたびに「まあ確かに強いけどでも別にこれは天然ものじゃないし私は私なりにすっごい苦労してきたし例えばホニャホニャ…」と心の中でぶつくさ唱えていたのがすべて救われたと思った。「強いね」と言ってくる人に悪気がないのは知っている。たまにある場合もあるかもしれないけど、それでもほとんどの人は好意的な意味で言ってくれている。だからちゃんと夢を、強い私を見せないと、と思う。その裏に何があったとしても。けれどそういう隠れた部分もちゃんと知ってくれている人がいることはどれだけ心の支えになるだろう。

あと「私は人のこと恨みながら生きたくないから、良いことも悪いことも全部自分の日ごろの行いを見て神様が降らせてくれたんだと思ってるよ」という話をしたときに「自分をも恨む必要はないさ」と言ってくれた人もいた。人のせいにするのは苦しい、せめて自分のせいであってほしいと願う私にとっては優しすぎる言葉だった。

どちらも高校の友人だ。私は高校時代が本当に大嫌いだけれど、この2人の友人に出会うための代償だと思えばあの日々に意味はあったとわりと本気で思う。

冬のような夏だった。今週末一休みして、また立ち上がろう。

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拝啓、ツイッターの皆様。これは残暑見舞いです。残暑にしては暑すぎますが、お元気ですか。

頑張りたいことがあったので姿を消していましたが、頑張らなければいけないことに加えてさらにもうひとつ頑張らなければいけないことが降ってきてしまい久しぶりに「oh,my god!」と声に出しているような毎日です。神様どこにいるんだよちょっと表に出てこいや!…あ、嘘ですすみません。みたいな毎日。もうだめだ無理だと思っていても、今のところちゃんと眠れているしご飯も食べているし味もするので全然ダメではないらしい。私はいつの間にこんなに丈夫になったんだろうか。仕事は相変わらずドタバタしているけれど、「睦月さんが”おなかすいた。””なにもやる気起きん帰りたい。””横浜流星、顔がいい…"って言ってたらいつもどおりやな~って安心します。」と言ってくれる優しい新卒ボーイとよろしくやっております。「人生つら!!!!!!!」と喚いていたら月曜からチョイ飲みに付き合ってくれたり美味しいお肉屋さんのランチに連れて行ってくれる同期もいる。「いつもありがとうね」といったら「遠慮なく!」と言ってくれたのでその子をそれはもう遠慮なく連れ回してる。各所に甘えて生きております。それでええねん、今はそういう時期。今受けた優しさはあとで返す。

先が見えなくて毎日怖い。ただでさえ人生ってそういうものだと思うし、加えてこんなご世間様なのできっと誰でもそうなんだと思う。というか生きてる限り先が見えることなんてないんだろうな。唯一見える光なんて、死くらいじゃんか。それでもやっぱり先が見えないと思ってしまう。じっと、目を閉じて風を感じる。自分が向かうべき方向に吹く風を。なんとなく「こっちだよ」と示してくれていそうな明日を、おそるおそる信じる。降ってくる物事のあまりにもの重さに笑ってしまいそうになる。試練だなあと思う。生きてたら何度も訪れる、試練の時。確かに最近穏やかに過ごしてたからそろそろあっても仕方ないか、と諦めて立ち向かってる。立ち向かうために、目を閉じる。

そうやって笑ったり、凹んだり、迷ったりしている毎日だけれど、ここのところ19時でも外が暗くなってきた。日中はここは浴室かと思うくらいに蒸し暑いけれど、早朝深夜は少し涼しい。My Little Loverの有名な曲のワンフレーズに「夜の間でさえ、季節は変わってゆく」という歌詞がある。笑おうが、泣こうが、喚こうが、凹もうが、季節は変わっていく。悲しいけれど、素敵なシステムだと思う。今しか吸えない空気を吸いたくて、深く息を吸い込む。最近はずっとマスクをしているから、深呼吸によって吸い込む空気がとても美味しい。

まだまだ暑い日が続きますが、みなさまご自愛ください。心がぐらついたときは、自分に「落ち着け」と言ってから目を閉じて深呼吸10回くらいしてね。Hallo,again。

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「明日の辛さが今後の辛さとイコールとは限らない」

最近人から言われた言葉。真っ暗闇の中にいると、そのつもりがあろうと無かろうと、どうしても塞ぎ込んでしまう。目の前の苦しみでいっぱいになるから。どれだけ大笑いしても、どれだけお酒を飲んでも、一切乱れない自我を己の中に1割でも持つことの重要性は、こうやって目の前が真っ暗になった時に視界をこじ開けてくれるためだと思う。これは私の人生の教訓なのだが、下を向いていて物事が好転するはずがないのだ。辛い時こそ笑う。無理矢理にでも笑う。あまりやり過ぎると感情がバグを起こすので、時々は徹底的に落ち込む。そしてまた笑う。そうやっていくうちに気分が上向き、少しずつ上昇気流が流れてくる。

明日の辛さと今後の辛さがイコールとは限らない。そのあとに付け加えられた言葉がある。

「だから、なるべく楽しいことだけ考えなさい。」

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正直なんで自分がここまでダメージ受けているのかがよく分からない。たしかに好きだった。それでも、分からない。多分最近色々あって、積み重なっていたところにさらに追い打ちがきたからなのだろうと推測する。夜中も、起きてからもふとした瞬間に涙が出てくる。自分でも不思議だ。

20代前半は特に気にしていなかったけれど、ここ2~3年、特に30歳を目前にしていきなり大人の色気が出てきて格好良くなったなと思った。誠実な人柄と役者としての幅の広さ、そして前を見据えるような眼差し。純粋にこの先が楽しみだった。どんなインタビューでも、ひとつひとつ丁寧に自分で言葉を紡ぎだすところが素敵だと思った。物事を深く見つめる思慮深さのある人だと。同時にすごく感性が豊か…というか繊細さと危うさがある人だと感じた。今年の春の話。訃報を聞いた時に驚いたと同時に「だめだったか」とも思った。5月に亡くなった若い女性のことも思い出す。彼女はどんな気持ちで「有毒ガス発生中」という張り紙を書いたんだろう。彼はどんな気持ちで準備を整えたんだろう。前日は何を思いながら過ごしたんだろう。最期に何を食べたんだろう。もう腹を決めたのなら、温かい布団でぐっすり眠れたのだろうか。自ら死を選んだ人の話を耳にするたびに、その人の人生最期の希望が叶って良かったと思う。本当に本当に、みんなが救われていますように。

午前中も時折ぽろぽろ泣いていたが、昼から久しぶりに高校の同級生に会った。間違いなく高校時代の1番の友人だったのに2年近く会っていなかった。パフェを食べながら、近況を話す。お互いの仕事のことや家族のこと、恋愛のこと。その友人は人に言えないような恋愛を長い間していて、ほとんど友人にすら話せないでいるらしい。その話をしながら「私は睦月の真っすぐで正しいところが好き。だからこそ睦月にこの話をしたら絶縁されると思っていた。それが怖くて誘えなかった。」と言われた。「そうだろうなと思った。その線も考えなかったわけじゃない。だけどこれまで長い付き合いがあって互いの辛い時期を支えあってきた人をそんな理由で切れるほど、私は割り切れる人間じゃなかった。あなたはやっぱり特別だよ。」と話したら、目の前で泣かれたので私はけらけら笑った。そのあとはアクセサリーを見たり、服を見たり、いつも通りのことをした。楽しかった。今日みたいな、訳もなく涙が出る日に会ったのがこの子でよかったと思う。

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蝉が鳴き始める度に「泣きたいのはこっちだバカ」と毎年思う。ちなみに泣きたいことは、特にない。あったのかもしれないけど思い出したくない。今年もそんな時期がやってきた。7月ももう中旬。時間の流れバグっているのでは?

人生で飲んだ珈琲の中で一番美味しい珈琲を取り扱っているお店がこの度珈琲豆を焙煎して売り始めたので私もコーヒーミルを始めとするドリップセットを購入して、珈琲豆を買いに、久しぶりにそこのカフェを訪れた。豆と、暑すぎたのでカフェラテを購入。やはり人生で一番美味しい味だ…と思った。コロナ禍を乗り越えてくれてありがとう。道具も色々揃ったのでコーヒーライフを始めようと思います。ちなみに私の上司は元某コーヒーファームの店長だったのでドリップセットを職場に持っていき珈琲を淹れてもらうことをこっそり企て中。上司に珈琲、淹れてもらいたすぎる。

祖母にも久しぶりに会った。元気そうでよかった。めちゃくちゃよく喋ってきたので、また話し相手になりに行こうと思う。ご近所や親戚の人の話をしてくれるので登場人物の9割が私には分からないのだけれど、もういいです。おばあちゃんの元気な姿と笑顔が見れたらそれでいい。

そのあとラブな友人に会った。約4ヶ月ぶりだ。ここ2ヶ月ほどとある勘が働いていたのだけれど、的中していたのは偶然だろうか。はたまた、長年の付き合いの上で培われたものだろうか。それともやはり私たちは運命共同体なのだろうか…

 

ラブな友人が婚約した。

 

エスカレーターを降りながらその話を聞いた時「まじか!」と思った自分と「だろうな!」と思った自分がいた。1番大きかったのは「今ここで言う!?」だったけど。1年ほど前まで交際経験すらなかった子に初めて彼氏が出来ただけでも嬉しかったのに、そのまま結婚なのだからめでたすぎる。色々大変な子なので早く結婚して楽させてもらってくれ…と日々念を送っていたのが届いたのだろうか。神様仏様彼氏様、グッジョブすぎる。

その話で持ち切りになるかと思いきやいつも通り7割仕事の話で終わった。弾丸に弾丸を重ねるトークだったので余程ストレスが溜まっていたのだろうと思った。私はプロポーズの話を根掘り葉掘りと聞きたかったのだけれど聞く隙がないくらい弾丸だった。毎日毎日お疲れ様です…

けれどそんな所も嬉しかった。初めての彼氏が出来たあとも特段変わりなかった彼女は婚約したくらいではやはり変わらなかった。大学生の時から何かと周囲が慌ただしい子だったが、ラブな友人は何があっても変わらない。いつだって、ラブな友人はラブな友人だった。実際に「別に私は何も変わらないし…」とも言っていた。貴女のそういうところが私は大好きだよ。

ちなみに話のあと1割はラブな友人の結婚関係の話で、もう2割は恋人との喧嘩の話だった。我々ふたりともコロナの時期は激務組だったので喧嘩の内容もほぼ同じでめちゃくちゃ笑った。昔からこの子といると笑ってばかりだ。だからラブなのだけれど。この日食べたマルゲリータピッツァを、私はきっと一生忘れないんだと思う。

外で蝉が鳴いている。泣きたいのはこっちだ、バカ。今は泣く理由がある。ありすぎる。

おめでとう。本当に本当に、おめでとう。そしてこれからもどうぞよろしく。

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眠れなくなった。午前4時、今寝ないと確実に後悔する時間帯だ。まあたまにはいいか。

7月になり今までずっと自宅で研修を受けていた新卒たちが週の半分は出社するようになった。OJTで私も担当を持つことになった。とてもとても可愛くて真面目そうな男性だ。社会人に大切なことを聞かれた時、「んー、話しかける力」と適当に答えたが、適当なわりには的を射たことを言えた気がする。まだ格好付けたかったので「説教されてる最中は今日の晩ごはんの献立を考えること」とは言わなかった。教えるのは難しいけれど、少しでも彼の力になれたらと思う。彼が使ってる香水が色々思い出す匂いなのでちょっとウッとなる。彼には関係のない話。

親愛なる相方が先日誕生日だった。18の時に知り合った人がもう28なので驚く。25歳くらいでずっと止まっているのだが…同業だしお互いの仕事の仕方も思考も大体知ってるので、仕事の相談をするのは相方が適役だ。そろそろ会いたい。あとは別の友人から転職が決まったという連絡がきた。この時期によく見つけられたなと思う。ずっと勉強してる子だったので報われてよかったねと送った。腐れ縁と少し距離を起きたいから連絡を素っ気なくしてるのに逆に追撃がすごい。別にどこも行かないから今はそっとしてほしい。統括すると、みんなそれぞれの所でそれなりに元気に生きてくれてたらいいの一言に尽きる。

恋人がいると言ってるのにしつこい人に久しぶりにキレた。敵と看做してからは速かった。そりゃ寂しいしもっと会える方がいい。けどそれでも付き合ってるのは私は恋人のことが大切だからで、「恋人」という存在ではなく「恋人自身」という存在が私にとって唯一無二だからだ。何故そこに自分が割って入れると思ったのか、甚だ疑問。目の前にとても綺麗な薔薇があるのに雑草以下の砂粒に興味持てるわけがない。私はブロックしたが、人間的に気持ち悪いので世の中の女の子に関わらないでほしい。

インスタグラムで中高の同級生と繋がることが増えた。多分このツールがなかったら私は一生あの子たちのことを勝手に嫌って終わっていただろう。完全に許してもないが、一生憎むほどでもないなと思えるようになった。一生憎むのは、私にとって良くない。サンキューインスタグラム、サンキュー現代文明。

生理前なのもあって心身共によく分からない状態でいる。私はご自愛してるので、降ってくる訳の分からないことがどうか少しでも減ればいい。午前5時を過ぎた。目が疲れてきた。外が少し明るい。

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今日が雨なのは仕方ない。6月30日。大好きな雨男の誕生日だ。ブログを辿るとどうやら去年の6月30日も雨だったらしい。この日は本当によく雨が降る。

最後にライブに行ったのは去年の2月だったと思う。だからもう1年半ほど生の歌を聞いていない。そんなことを思いながら、今日は帰宅後にご飯を食べながらライブ動画を観ていた。なんとなく開いて、なんとなく聴いていた歌がまさに今の自分に合う曲だった。本でも音楽でも、この「偶然の出会い」を信じている。その時響いた言葉や曲が、きっと今の私に1番必要なものだ。実際にそうだった。おっしゃる通りすぎた。また、救われたなと思った。本当に、何回この人の歌に救われてきただろう。

6月後半も色々あった。仕事は5月から6月前半の頑張りが報われたらしくてよかった。1年以上携わってる今の案件も7月いっぱいで終わり。最後の1か月が始まるので再度気合を入れ直しているところ。恋人にも3か月ぶりに会えた。3か月も会わせなかったのに、一緒にいた3日間は体感3秒だったので神様は本当に意地悪だと思う。ひとりで食べるよりふたりのほうがご飯が美味しいし、ひとりで眠るよりふたりのほうがぐっすり眠れる。次に会えるのはいつかなあ。その頃には世の中も私もどうなっているだろう。

ここ数日、色んなことを考えていた。仕事が暇だとネガティブなことを考えてしまうので良くないと思う。とはいっても、今回は考えてよかった。今までずっとチラ見程度にしかしていなかった自分の弱点をちゃんと紐解いて整理できた。なんで過去の嫌な経験のせいで、今の幸せまで浸食されなければいけないんだと思う。思うけれどちゃんと、それはそれ、これはこれって切り分けなきゃいけないんだろう。やっぱり、なんでわたしが?と思う。けれどやる。「人は変わらない」と言ってきた人に対して「やる気があれば変わる」と言ったのは私だったことを思い出した。やる気はあるし、昔から自分の伸び代だけはやたらと信じている。しばらく手を抜いて斜に構えて生きすぎたと思う。少しくらい真正面から頑張る時が来たのかもしれない。

私にとって2020年は12年に1度の最強ハッピー年だったはずだが、コロナをはじめとする色んなことで、自分の誕生日以外に上半期はろくな思い出がない。だからきっと下半期には最高にハッピーなことがあるんだろ。最高なハッピー、あるといいな。