【 razbliuto 】

孤独を愛せ、愛を貫け

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毎日を比較的楽しく過ごすことに抵抗なんて覚えなくていいのに、少しだけ感じてしまう。ここ最近は色んな人が私のことを助けてくれて、声をかけてくれて、本当に有難いと思う。それと同時に、「どうして私の周りにこんなに人が」と思ってしまう。たぶん周りの人はみんな私に純粋な好意をもって接してくれている。あるいは無関心。どちらでもいい。利用してやろうという意思を持って近づいている人はきっといない。いたとしても、それはそれでいいと思う。要するに、今の私には、自分の周りには温かい気持ちをもって接してくれる人が沢山いるように見えている。そこに対してほんの少しでも恐怖を感じてしまう。もっと、ドーンとみんなの気持ちを受け取れて、「意地でも全部守るから」と言えたら格好良いんだろうけど。

週末は、フォロワーさんに会ったり前の会社の同期と会ったりして楽しかった。仕事の疲れとか、さっきまで悩んでいたこととか、全部笑い飛ばしてくれるくらい楽しい人たちだ。フォロワーさんには会えて良かったなと思うし、同期には今も仲良くしてくれてありがとうと思った。たくさん笑って、たくさん食べて、たくさんお酒を飲んで、とても幸せだった。みんな元気でなにより。もう、それだけでいい。元気でいてほしい。あわよくばうんと幸せでいてほしい。

「睦月ちゃんの文章は本当に穏やか」と言ってもらえて嬉しかった。このブログを書くときはなるべくフラットな感情で書くようにしているというのもあるけれど、私自身も基本的には穏やかでいたい。風速0メートルの状態を「凪」というが、私は常に凪でありたいと思っている。そのためには自分の感情をコントロールすること、理解できないことを理解できなくても受け止める心の広さ、過酷な状況下であっても笑顔でいられる強さ、そういうものが必要だと思っている。けれどその場その場の感情も大切にしたい。楽しい、嬉しい、悲しい。そういうことも全部。まあ、難しいことは一旦置いておこう。

先日恋人と久しぶりに話した。楽しい話も、真剣な話も、色んな話をした。「連絡あまりとっていない間どうだった?」と聞かれた。どうもこうも…という感じだったので回答に困った。彼が、幸せで元気でいてくれたらいいなと思う。本当に、最近はそれだけを祈っている。黙っているからといって気に掛けていないわけじゃないし、絶望していたわけでもない。私は、私の生活を送りながらあなたの無事を祈っていましたよ。と、その場で伝えられたらよかったんだけど、質問があまりにも急すぎたので多分ここまで綺麗には答えられていない…。忌憚のない話も聞けてよかった。向こうがどう思っているかは知らないけど、私は話せてよかったし「信頼してるよ」とちゃんと言葉で伝えられてよかった。信じてるよ、ちゃんと。

一昨日くらいから思い出したかのように進撃の巨人のアニメを見ている。原作を途中で読むのをやめたので、久しぶりに触れているが面白すぎてかなり一気見をしてしまっている。ああいう、非現実でありながらも本質はかなり現実的な作品は好きだ。なんのリスクもなく望みが叶うなど、暗愚の想定、唯の幻影。それでいい。絶望や恐怖の中、それでも戦いに挑む彼らは眩しいくらいに格好良い。