【 razbliuto 】

孤独を愛せ、愛を貫け

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空を見上げる。大きく息を吸う。通り過ぎていく雲は、風は、空気は、いつだって季節を濃厚に感じさせる。秋は夕暮れ、といったのは清少納言だったか。遠くに沈む太陽が空を真赤に染め上げる。
「もう帰ろう。」先にそう言ったのは、彼の方だった。元々通っていた高校の先輩で、高校生の時から密かに私の憧れだった。彼の方が先に卒業をして、大学も別のところに進学したのに、地元の喫茶店で再会して声を掛けてもらえた時は驚いた。もう会えないと思っていた人にまた会えたこと。私のことなんて知らないと思っていた人が、知ってくれていたこと。運命って、こんなにも突然落ちてくるんだと思った。
好きなものも嫌いなものも大体似ていた私たちは、意気投合するまでに時間は掛からなかった。何回か食事や映画などのデートを重ねたあと、私たちは付き合うことになった。あまりにもスムーズに物事が運ぶので、やっぱりこれは運命なんだと思った。
けれど、そんな彼と私は今日をもってお別れをする。きっかけは何だったのかよく分からない。酷いことをしたわけでもないし、されたわけでもない。大切にしていたし、大切にしてくれていたと思う。それでも、少しずつずれ始めた歯車は、気づいた頃には決定的に噛み合わなくなっていた。それでも、彼のことを嫌いになったわけじゃない。きっと彼も同じだろう。互いが互いにとって今でも大事な人には変わりない。けど、だからといってこの先も付き合っていくかというと、そういうこともしない。上手く言えないが、ここが私たちの終着点だった。人生で初めて「運命」というものの存在を信じさせてくれた人のことを嫌いにならなかっただけでも十分幸せだと思う。
先にベンチから立ち上がり、そのまま身体を軽く伸ばす彼の後ろ姿を眺める。彼は立ち上がった時にそうする癖がある。この仕草を見るのも、もう最後なんだな。私も立ち上がる。私の頭が彼の肩に並ぶ。一緒に電車に乗っているとき、よくこの肩に頭を置かせてもらった。「帰ってから何するの?」「うーん、とりあえず晩ごはんの準備しないと」「お、いいね」。平静を装うとする彼の気遣いが痛いほど伝わる。けれど今はそんな気遣いはしないでほしかった。これじゃまるで、このあと一緒に帰ってご飯を食べるみたいじゃない。
そんな他愛のない話をしていたら、あっという間に駅に着いた。身体をこちらに向けて、彼が改めて私の顔を見てくる。私も目を合わせる。きっとお互い、言いたいことは沢山あるんだろう。けれど、何も言わない。言えない。
「じゃあ、元気でな。ちゃんと食えよ」「そっちこそね!」「俺は食べ過ぎなくらい食べるからいいの」「もう、食べ過ぎはよくないよー」「あはは!」
ああ、本当に終わるのか。心はちゃんと受け入れたはずなのに、揺るがないって思ってたのに。
「ほら、電車そろそろだろ」「うん、そうだね、行くよ」
いつだって見送る方が寂しい。その役を最後まで買ってくれる彼は、やっぱり優しい人だと思う。彼に出会えてよかったな。
「じゃあ、ね」「おう、ありがとな」「ううん、こちらこそ」
しあわせになってね、ってちゃんと伝えるはずだったのに、どうしても言えなかった。だめだ、このままだと泣いてしまう。もう行かなきゃ。そして、一歩を踏み出した。
地元の駅に着くと橙色の空がすっかり暗くなっていた。空を見上げる。深く息を吸う。月が見えない今夜は新月だろうか。新しい生活を始めるにはいい夜だ、と思った。ひんやりとした空気が清々しい。
日常から彼が居なくなった実感は、今のところない。きっと少しずつ感じるようになるのだろう。このことを後悔する日が来るかもしれない。寂しくて、泣いてしまうかもしれない。孤独に押しつぶされてしまうかもしれないしれない。それでも、私は前に進もう。真っ白な明日を彩っていくのは、私なのだから。

そして私は、もう一度深呼吸をした。