【 razbliuto 】

孤独を愛せ、愛を貫け

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私はよくお喋りに見られるけど、全部ツイッターの公開アカウントに書いてもよさそうなことしか喋っていない。「お喋りにみられる」ではなく、実際たしかにうるさいんだけど、実はそういう制約を自分に課している。薄い話を厚そうに、そしてボリュームも盛って話すことばかりが上手くなる。こんな話し方をするようになったのはいつからだろう。

転職してから早くも3か月が経った。最初から正社員採用ではあったものの一応試用期間があり、その期間もクリアしたので万々歳だ。別に何も悪いことしていないのに、今回はなぜかずっと「ここで切られたらどうしよう」と思っていた(労基法的によほどのことがない限り試用期間で切られることはない)。ちなみに今のところ転職してよかったとしか思っていない。

新しい会社は生え抜きが多い。私と同い年の人もいるので、つまり同じ会社にn年いることになるのだけれど、なんか色々、自社や同僚に対する信頼感がすごくて圧倒されるばかりだ。私はずっと会社のことも同僚のことも疑ってきたし信じられなかった。最終的には隙を見せたら終わりだとまで思っていた。そうはいっても結局コミュニケーションは技術と同等かそれ以上に大切なことなので、全く人と関わらないわけにもいかない。その積み重ねが、冒頭で書いたような、薄っぺら~~~~~~い人との接し方を自分の中で生み出してしまったんだろうと思う。

別に同僚だけではなく、誰に対しても私はそんなコミュニケーションの取り方をしてしまう。ある程度仲良くなったり、何回もごはんに行くような人にでさえ。ただ体裁を取り繕うのは我ながら上手いと思う。「睦月さんに魅かれない人はいないと思う」とまで最近言われた。さすがにそれは言いすぎだ。けどもう本当に、何もよくない。私が間違っている。こんなことしたって誰も幸せにならない。あ、でも周りは幸せというか楽しいかもしれない。けど私は幸せじゃない、かもしれない。

嘘でも笑ってたらさ、なんか楽しい気分になることってあるじゃないですか。嘘でもご機嫌よくいたら、なんか幸せ化もしれないって思うこともあるじゃないですか。それがいいのかな。それでいいのかな。

いつまでこんなことで悩んでるんだろう。けどこういうことで悩んでる時間、無駄だとはいくつになっても思えないや。

 

かなり寒くなってきましたね。冬になる度に「お前は冬の海に行くなよ、死にたくなるやろ」と言われたことを思い出す。多分このブログでも過去に何回か書いたと思う。未だにあれを超える「知ったか」に私は出会ったことがない。私のことを知りすぎていた人。どうかあなたが望むままに、自由に生きていてくれたらいいなと思う。どうか。